ADHDと家族について。
家族については、色々と思う部分があるのに対して、
なかなか書ける部分が無いので難しいです。
僕の母方のおじいちゃんは僕が思うにADHDです。
頭はいいのですが、やるべき事はなかなかできない。
多分そんな人だったんだと思います。
まだ生きていますが、一緒に生活しているわけではないので、
断言はしづらいんですが…。
そして、母も軽いADHDなのかもしれませんが、
生活や仕事に支障はなさそうです。
ただ、車のキー閉じこみを何度もやってしまう、書類を失くすなど、
そういう傾向はある、という感じです。
多量のデータの管理、特に旅行の計画を立てるなどの
僕が一番苦手とする事は大好きみたいです。
母は勉強熱心で、ADHDの本を多量に読んだようです。
それはどちらかというと僕の為というよりも、
自身の理解としての意味合いがあったんだと思います。
僕も今はそういう本を読みますし、
知れば知るほど楽になったり辛くなったりします。
というのも、あるあるネタとして笑うだけでは解決にならないけれど、
解決の方法は自分に依存しているからです。
こうすればよかったよ!
という解決法が、僕が一番苦手なことだったりもするんです。
例えば、プリントを無くすので、
ファイルに分類するようにしました!
と言われても、僕はそれが苦手だったり…。
話が逸れました。
母の理解があったので、
躾が出来ていないという意識ではなかったのは、
本当に影響が大きかったと思います。
恐らくいわゆるママ友の中にはあの家は躾が出来ていないと陰口を言っている人もいると思います。
言わずとも心の中では思っている人も多かったと思います。
あるいはそう思われているのだろうと思えることがあったと思います。
でも、それを僕にぶつけずにいてくれたのは、
親がADHDのしんどさや特徴を身を以て知っていたからだと思います。
特に、ADHDは多くの場合二次障害が起こりうるので、
家族の理解があったことは多少そのことについてましなのだとは思います。
ただ、二次障害は残念ながらあると感じていますが。
というわけで、
僕の家族の理解について、でした。