神のみぞ知るカニの味噌汁

ADHDの僕のみぞ知る世界。

ADHDと学校について。

ADHDと学校は正直相性が悪いと思います。

僕は今大学生ですが、授業中ずっと座っていることが時々とても難しいです。

いや、座ってられるんですが、なかなかしんどいです。

 

 貧乏ゆすりをしたりして紛らわせることもしますが、

大教室などで横の席と椅子が繋がっている場合はそれもできませんし、

本当にしんどいときは貧乏ゆすりでは落ち着けられません。

 

僕は多動はましな方ですし、どっちかというと不注意が優位なタイプです。

ですが、多動もあります。

 

どんなときに多動が現れるかというと、

僕の場合は部屋で一人のときなどは多動です。

 

部屋の中でブツブツと何か言いながら歩き回ったりして考え事をします。

本来ならこういったことは普段からしたいんですが、

人の目が気になるのでできるだけ抑え込むことができます。

逆に言うと、人の目を意識できて抑え込める程度の問題だと言えるかもしれません。

 

でも、そうしたい!

歩き回ったり、動きながら授業を受けたい!

とはいつも思っています。

 

たぶん頭にもその方が残るんじゃないかなと思います。

でも、みんながそうやってない中でそうやる勇気は僕にはないです。

 

でも、小学校などではそういう環境があってもいいんじゃないかなと思います。全員が授業中お利口さんに机に座ることを期待することは変かなーと思います。もっと自由で、教育的圧迫を少なくしてできる限り少なくし、無意図的教育、ヒデュンカリキュラムに着目して生徒に対峙していくほうが、子供達にとって負担やしんどさ、(教室での)生きにくさを軽減できると感じます。

 

窓際のトットちゃんのトモエ学園がオールタイムベストだというわけではないですが、ああいった教育実践があってもいいんじゃないかな、とは思いますし、授業中に教室に閉じこもって椅子に座っていることだけが大切なのかは個人的には懐疑的です。

 

でも、仕方ないというか、その方法が最大多数の最大幸福に比較的近いのかもしれないので、僕が教師をやってもそういった授業を展開するのかもしれませんが。。。

 

でも、不利益を受ける人の不利益を最小にすることも十分に意義があることだと思いますし、それを目指す教育、学校があってもいいんじゃないかな。と思います。べつにそれは特別支援でもなければ、学力的に低レベルである必要はなくて、単純に机と椅子がないと授業ができないのではなくて、歩き回ってもいいし、床でものを書いてもいいし、フリーアクセスの椅子や机があってもいいと思います。

 

かといって、こうしなければならないとはいっていないですよ。こういう授業やクラスがあってもいいと思いますし、机の前に座る授業でも、べつにそのことにこだわらない授業があってもいいと思います。

 

 

なんだか、まとまってなくて申し訳ないです。

でも、授業がしんどいのって、やっぱり学校がしんどいことにつながってしまって、毎日がしんどいことにつながってしまうんです。頭の中がパンクしそうですし、じっとしていることに精一杯というか、そのことに体力を使ってしまっている気がします。

なんか、そんな現状が少しでもよくなればいいな、と思います。

 

 

では、また明日?